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京都地方裁判所 昭和49年(わ)729号 判決

被告人 杉本嘉男

昭二二・九・四生 質屋手伝

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  真実外国に渡航する意思がないのにかかわらず他人に譲渡するため旅券を取得しようと企て、昭和四九年五月三〇日、京都市上京区下立売通新町西入る京都府旅券事務所において、一般旅行業者である株式会社朝日国際ツーリストエンタープライズ京都営業所の情を知らない係員を介し、京都府知事を経由して外務大臣に対し、渡航目的欄に「観光、訪問その他の個人的目的」、渡航先に「フイリピン」、利用航空会社名欄に「JAL」、出発及び帰国予定日欄に「昭和四九年七月九日~昭和四九年七月一二日」などと虚偽の記載をした被告人名義の一般旅券発給申請書に、同会社との間に右申請にかかる渡航のあつ旋に関する契約が成立した旨の内容虚偽の同会社作成にかかる旅行引受書を添えて提出し、一般旅券の発給申請をなし、もつて不正の行為により、同年六月一〇日、被告人において右旅券事務所で、同所係官から、外務大臣発行にかかる数次往復用一般旅券(旅券番号ME一二七五〇一三)の交付を受け、

第二  古家優と共謀のうえ、

一  右古家において、真実外国へ渡航する意思がないのにかかわらず他人に譲渡するため同人名義の旅券を取得しようと企て、同年五月三〇日、前記旅券事務所において、情を知らない前記朝日国際ツーリストエンタープライズ係員を介し、京都府知事を経由して外務大臣に対し、渡航目的欄に「観光、訪問その他個人的目的」、渡航先欄に「フイリピン」、利用航空会社名欄に「JAL」、出発及び帰国予定日欄に「昭和四九年七月九日~昭和四九年七月一二日」などと虚偽の記載をした右古家名義の一般旅券発給申請書に、前同様内容虚偽の同会社作成にかかる旅行引受書を添えて提出し、同人名義の一般旅券の発給申請をなし、もつて不正の行為により、同年六月一〇日、同人において右旅券事務所で、同所係官から、外務大臣発行にかかる同人名義の数次往復用一般旅券(旅券番号ME一二七五〇一四)の交付を受け、

二  同年六月一三日京都市荒神口の喫茶店「シヤンクレル」内で、被告人において、行使の目的をもつて、大村寿雄に対し、前記古家名義の一般旅券を譲り渡し、

第三  法定の除外事由がないのに、昭和四八年六月下旬ころ、京都市東山区本町五丁目一九三番地の杉本善兵衛方において、牧田吉明に対し、大麻約五グラムを譲り渡し、

第四  昭和四四年一〇月一五日ころ、当時被告人が居住していた前記杉本善兵衛方において、大村寿雄が治安を妨げ又は人の身体財産を害しようとする目的をもつて使用することを知りながら、同人のため、同人からたばこピース空罐に火薬類などを充てんし、これに工業用雷管及び導火線を結合した手製爆弾二個を受取つて保管し、もつて爆発物を寄蔵し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は旅券法二三条一項一号に、判示第二の一の所為は同法二三条一項一号、刑法六〇条に、判示第二の二の所為は、旅券法二三条一項三号、刑法六〇条に、判示第三の所為は大麻取締法二四条の二、一号、三条一項に、判示第四の所為は爆発物取締罰則五条にそれぞれ該当するので、判示第一並びに第二の一および二の各罪につき、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(弁護人の主張に対する判断)

判示第一および第二の一の各罪につき、弁護人は、渡航する意思もその具体的計画もない者であつても一般旅券(以下単に旅券という)の発給を受けることは自由であり、かかる者が旅券発給申請書に、架空の渡航計画にもとづき、ほしいままに渡航先、渡航目的、出発および帰国予定日等を記載しても、旅券法二三条一項一号にいう「虚偽の記載」にはあたらず、かかる記載をした旅券発給申請書によつて旅券の発給を申請しても、同号にいう「不正の行為」にはあたらないと主張するが、旅券は単に渡航しようとする者の身分、国籍を証明するためにのみ発給されるものではなく、その発給を通じて、出国および帰国を管理する等の役割を果すものであり、その目的および旅行発行日から六月以内に本邦を出国しない場合には旅券は失効する旨定めた同法一八条一号の二の趣旨からして、そもそも同法は渡航意思のない者に対する旅券の発給は許容しておらず、また同法一三条一項一号が渡航先によつては旅券発給等の制限をすることができる旨定めており、同法七条ないし九条が渡航目的の変更、渡航先の追加、変更、出国および帰国予定日等の変更により旅券の記載事項に変更を生じた場合には、厳格な手続をとるべく定めていることよりして右記載事項が重要な意味を持つていることは明らかであり、渡航の意思もその具体的計画もない者が、旅券発給申請書に、架空の渡航計画にもとづきほしいままに渡航先、渡航目的、出発および帰国予定日等を記載することは同法二三条一項一号にいう「虚偽の記載」といわざるをえず、かかる記載をした旅券発給申請書により旅券発給の申請をして、旅券の交付を受けることは、同号にいう「不正の行為」により、旅券の交付を受けることにほかならないといわざるをえないものであるから、右の主張は採用しない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 家村繁治 古性明 松田清)

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